取り返しのつかないこと。

新型コロナを中心に世界中が混乱している3月、中国は早々に終息宣言を出していることから追って色々な国も自国判断での対応からの終息といったストーリーを検討している最中だろうと一人の庶民として感じている。

完全終息までには、まだまだ時間はかかると思うがダウの乱高下と日本株式の下落が少し落ち着けば騒ぎ立てる人たちも少し静かになるだろう。

とかく今回の騒動でパニックを起こした大きな要因はテレビだろう。テレビを悪く言うわけではないが連日「〇〇人増えました」「感染者の行動はこうでした」などなど「感染拡大」を軸とした報道の多さは過去に類を見ない愚報だと感じた。

もちろん現状を知ることは大切ですが、そこに「感染者=悪者」のようなイメージを増幅させる内容が国民に極度の不安を与えている。個人的な意見として書くが新コロナウィルスに感染することが怖いのではなく感染した自分や家族が社会から抹殺されることに皆、恐怖を感じているのが事実ではないでしょうか。

「取り返しのつかないことになる」

私も一人の事業者なので今回の騒動がどこまで景気を後退させるのか、どこで終息するのかが心配でたまらない一人です。ただ正直、地方の零細企業主の私がどうこうできるレベルではないとも思ってます。

過去に脳梗塞で死を直接感じた時や会社が絶望的な負債を抱えていた時、そして9年前の東北での震災で津波に襲われた友人を見た時に比べれば今の新型コロナにおいては今のところ冷静でいることができてます。

ただ唯一やっかいなのが
「このままでは取り返しのつかないことになる」
と不安を連日連呼し政府の対応を批判し、さらに何も声をあげない人たちに対し「それでいいのか?」「ダメになるぞ」と煽る方々の脅迫観念に心が疲弊する人が出始めていること一昔前なら気にならなかったことですが近年のSNS発信を起源とするニュースソースでは個人が発する煽り言葉すら影響力を持っています。

「このままでは取り返しのつかないことになる」
この言葉を聞いて冷静を失うことが危険です。「そうだ何かをしなくちゃダメになる何かをしなくちゃ・・・」でも何をしていいのかわからないという自責の念にかられ心が病む、さらに怖いのは「何か行動を起こす」を取り違え経営を圧迫する空回りの行動を起こすこと、これこそ取り返しのつかないことになるので要注意です。

「取り返しのつかないことになる」という人たちは「取り返しのつかないことになるものを失ったことがない人」だと僕は思ってます。何を基準に取り返しのつかないことなのかは人それぞれの価値観です。自分の会社がそれなのか、家族がそれなのか、資産がそれなのか、健康なのか。いずれにしても人に対して発する言葉としては実に乱暴な言葉で危険な言葉です。

「取り返しのつかないこと」それは日々の生活全てがそれです。過ぎた時間が戻らないこと、それが取り返しのつかないこと。だから人に言われて自分の考えに疑念を抱き本意ではない判断や行動をし、結果あとで後悔し人のせいにするくらいなら自分で決めたことで後悔した方が心が健康でいられます。

毎日が取り返しのつかない連続の中で人は判断し生きてます。少なくともその判断の基準が「こうすると誰かが幸せになるかも」という判断で生きていくことができれば、きっと今日よりも明日、明日よりも明後日、今年よりも来年が素敵なものになると私は思います。

日本人は頑張っていると思う
だから今日もがんばろう。

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